豊洲問題を都議選の争点にすべきではない

豊洲市場へ移転の是非を、小池都知事が夏の都議選の争点にしようとしてる。

当初報じられたときには、私はメディア側の解釈だろうから字面だけで判断するのは避けたいと思った。しかし、いくつものメディアで同様な発言をしていることから、やはり本意なのだろう。

豊洲市場移転問題を都議選の争点にしてはならない。

争点化するということは、移転について知事が判断を避けるといことだ。豊洲に移転しようと築地で続行しようと、なにか問題がおきたときにも「民意」を楯に行政が責任を回避すことにもつながる。

移転の是非は豊洲が安全かどうかということだが、では老朽化が大きく進んでいる築地のままではたして食の安全は保たれるのか。

「これはもう政治の問題ではなく、科学的な問題であり、食の安全の問題」。これは小池都知事自身が言及していることでもある。

https://thepage.jp/tokyo/detail/20170112-00000003-wordleafv

小池知事は、14日の専門家会議(平田健正座長)で最終的な地下水モニタリング調査の結果が発表されると説明した上で、「これはもう政治の問題ではなく、科学的な問題であり、食の安全の問題。モニタリング結果も踏まえながら、これからの方針を決めていきたい」と述べた。

豊洲市場の移転問題は調査の積み上げで客観的に判断すべき問題で、決して感情論になってはいけない。感情論にしてしまえば、どちらに決まってもその後の風評被害につながっていくだろう。それでは誰も幸せにならない。

しかし先の発言をしたにもかかわらず、小池都知事は豊洲移転を争点化するといいだした。

争点にするということは、都民に対して、そういった調査結果の分析をさせ、判断させるということだ。自分の生活で精一杯な日常に、そのようなことができる方がどれほどいるだろう。20日の定例会見でも発言しているように、これは「理解してもらうのが難しい」問題なのだ。にもかかわらず都民一人一人にその判断を背負わせるのは、責任放棄であると言わざるをえない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170120-00000016-wordleaf-pol

報道陣からは、豊洲移転を白紙に戻す選択肢はあるのかなど、移転判断に関する質問が相次いだ。小池知事は会見中、何度も「安心」と「安全」という言葉を口にし、「安全性が数値で確認されてもほんとに大丈夫かという消費者の心理もある」。平田座長が豊洲市場の「地上」と「地下」は分けて考えるべきで「地上に関しては安全」との見解を示した点についても、「専門家の立場からそう言われた。しかし私は一般消費者の一人。理解してもらうのは難しい」との認識を示し、再調査を待ちたいとした。

シングルイシュー選挙は議会制民主主義の死

さらにこれは、議会制民主主義の根幹につながる問題でもある。

民意を問うということであれば、直接民主主義が一番いい。議員ではなく、国民、都民全員が課題について判断をし、投票をして多数決で決める。一番分かりやすい形だ。

では、なぜ議員、議会が必要かといえば、生活上の課題が多岐にわたるなかで、国民が一つ一つについて勉強し、課題を抽出して賛否を表明するなどというそんな余裕は、日常生活の中ではない。であるから、一定の代表(議員)を選んで、議会という場で専門的に審議をしてもらうことが、議会制民主主義だ。

日本において議会制民主主義のなかで国民投票という直接民主主義の形態があるが、憲法改正でしか制度化されていない。憲法改正という国の方向性を決める重要なことでは国民的な議論がなされるべきであり、そうであれば国民に直接是非を問うということを必要だとしているからだ。それでもその国民投票においては、前段で議会での審議が行われ、その議論の過程で国民に課題を提示するということが行われる。

一方で豊洲市場の問題は、客観的な安全性の問題で、安全が確保されれば移転し、確保できないのなら移転しない、ということだけだ。先に述べたように、安全性はあくまで数値の問題で、科学的に判断することであり、都のあり方を決める方向性の問題ではない。

さらに言えば、もし豊洲問題をシングルイシューとして選挙を行なえば、それは都議会の劣化につながる。

私はシングルイシュー選挙は議会制民主主義の死だと思っている。シングルイシュー選挙で有名なのは2005年、小泉政権のときのいわゆる郵政選挙だ。「郵政民営化に賛成か反対か」として、反対する勢力には刺客を送り込むといった手法は、メディアが飛びつき大きな話題となった。

一つの課題について是を問うシングルイシュー選挙。これは国民投票と同じだ。その時々に議題となったことについて、もしシングルイシュー選挙を行うなら、議会はいらない。郵政民営化賛成ということだけで国会議員となったいわゆる小泉チルドレンが、その後、議員としてその資質が問われたことは当然のことだ。

議会では広範囲に渡る課題が議論されることになる。私たち国民の課題は、ゆりかごから墓場まで様々であるし、性別によっても所得によっても地域によっても課題が異なる。それに対応するため議員には、3つの資質が必要であると思っている。

1、ビジョン(将来像)、ポリシー(政策)があるか
2、課題を抽出し設定する能力があるか
3、説明力と実行力があるか

我が身を顧みずに言っているのは百も承知だが、この3つがあって初めて、様々な課題・問題に対処していける政治家といえる。選挙とは、この資質を持つ者を選ぶものだ。

しかし、シングルイシュー選挙はこうした判断を必要とさせない。

先ほど述べた憲法問題など、我が国の方向性を決める根本的なものであれば、シングルイシューも争点足り得る。

しかし、郵政民営化も、そして豊洲市場も、これは数ある課題の一つに過ぎない。特に豊洲市場移転は何度も言うが客観的な判断の問題で、争点にしようがない。

もしそれを争点として選挙を行い、都民も争点として議員を選ぶようなことがあれば、都議会の劣化、都政の衰退に繋がるだろう。

シングルイシューは分かりやすいからこそ、都民の関心も向きやすいし、マルかバツかを問う選挙であれば、対立構造になりメディアも話題作りに事欠かない。

しかし、東京都の未来をつくるために都政を本気で良くしていきたいと都民一人一人が考えるなら、シングルイシュー選挙にのってはならない。豊洲問題を争点にすることは立ち止まって考えるべきことである。

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